東北タイの墓石

 「東北タイの墓」の中で述べたように,東北タイの墓石の形状は非常に変化に富んでいる.しかし少数の例外を除けば,いくつかの基本形の類似であって,類型化できないこともない.ここでは,東北タイに見られる(僧侶や王侯貴族を除く)一般人の墓石の形状の類型化してみたい.


形状による墓石の分類(呼称は筆者による仮のもの)

A. 逆台形棹石型
 台座の上に,直方体,または逆台形の柱状の部分(棹石)が載る形をとり,日本の墓石(和型墓石)によく似る.古いものにはこの様式のものが多い.詳しく分布を調べたわけではないが,トゥングラーローンハイと呼ばれる東北タイ中央の平原からウボンラーチャターニーにかけて、こうした形の墓が多く見られるようである.写真0.1の火葬場の右手前に写りこんでいるもの,および写真1.3aのセメント製の墓も,この様式である.

 デザインが地味なためか最近ではまったく廃れており,棹石型を墓石屋の店頭に見ることは出来ない.下記の新様式に取って代わられているようだ.

逆台形型
 これはラオ人の村.
※手前に写りこんでいる白いぼんやりしたものは,フロントグラスの反射です(車内から写したので).心霊写真ではありません.
同じく逆台形型
 華僑のものらしく,漢字の墓碑銘がタイ語に併記されている.

B. 宝匡塔型

宝匡塔型
 この墓はある僧侶のものらしい.昔は寺院のそばにあったのだが,ダム建設に伴って寺院が移転し,墓だけが残された.
同じく宝匡塔型

 

 

C. プラタートパノム型
 ナコンパノム県にあるワットタートパノムのその中心をなす尖塔,プラタートパノムを模したような形.

写真3.3a プラタートパノム型
 これはかなり立派な部類.既製品ではない.

写真3.3b 本物のプラタートパノム
 

撮影:スリン県 撮影:ナコンパノム県タートパノム郡

 

D. パゴダ型
 バンコクのワットポーやアユッタヤー等で見られる釣鐘型の尖塔を模したもの.(写真3.2b参照)

 

E. 北タイ様式?
 立方体の上に円錐または4角錐が載った形のものは,北タイの様式であろうか.
 東北タイの西北端,北タイに接し,文化的にも北タイに近いルーイ県では,墓石の形も北タイ様式のものが多い.

写真3.4a 北タイ様式?の墓.
 写真中央のものは,プラタートパノム型であるが,これも色や台座の形などが,簡素な北タイ風のアレンジになっている(?)

写真3.4b 北タイの墓 

撮影:ルーイ県 撮影:チェンライ県

 

F. 新様式1
 これもまた,数多く見られる(写真3.2b参照).起源はよく分からないが,恐らくクメール様式とパゴダ様式との混合ではないか.北タイ様式も混ざっているかもしれない.ともかく,東北タイ墓石の最新モードである.

G. 新様式2
 突起が多く,けばけばしい.形を見るに,上述した棹石式の逆台形型と直方体型を混合し発展させた(つまり派手にしただけだが)ものではないかと思われる.

写真3.2b 左のものにはクメール・グーイ伝統様式逆台形型の面影がある.また,右のものは,クメール様式から混合様式へ至る変化過程の産物のようにも見受けられる.

撮影:スリン県


墓石はどこから来たか?

 東北タイで一般庶民が墓石を建てるようになったのは,ごく最近になってからのことである.庶民が墓石を取り入れていく過程で,それぞれの属する民族の文化は,その墓石の形状に影響したのか,また,墓石の形状はどこにその起源を持つのか,東北タイの墓の存在を知って以来,興味を引かれるところであった.歴史が浅いのなら、東北タイの墓が発展してきた経緯が手に取るように分かるのではないかと考えたのである.東北タイ周辺地域を見て回り、考えをめぐらせた結果については続編(予定)にご期待ください.


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