gelmo-kui

東北タイ グーイ人の疾病治癒祈祷 [2002.04.29取材]

 東北タイ南部を中心として居住するグーイ人は,他の民族と同様,グーイ民族独自のさまざまな儀式を有している.「ゲルモーアジン」(あるいは単に「ゲルモー」)もその代表的なものである.「ゲルモーアジン」はグーイ語で,「モー」は「医者」,「アジン」は「象」である.「ゲル」はタイ語の「レン」にあたり,いずれも広い意味があって日本語に訳すのは難しい.英語の"play"が意味として近いだろうか.

 その名のとおり(?)かつては病人が出た時には治療のため,象を捕りに行く時にはその安全祈願のために,象を生け捕って帰ってきたときにはその象が従順になるように象に対して行なわれた.グーイは象使いとして有名な民族で,この儀式を見る限りにおいても,象と非常に深く関わってきたことがわかる.

 このゲルモーが変わっているのは,祈祷師一人に祈祷させるのではなく,皆で音楽を奏で,踊って祈願するという点である.疾病治癒祈祷の場合,病人に体力があれば病人もともに踊り,乗り移った霊に病気を治療させる.体力がなければ,霊を取り込んだ者たちが病人にスークワン(手首に紐を巻きつける)してやり,病人に霊を移す.


 夜21時前,人が病人の家に集まってくる.病人は上で寝ているのか姿が見えない.親族以外に,村内から見物人が10人前後集まってきている.見物人に「誰が病気なのか」と聞けば「さあ,この家の人でしょ」とのこと.それは分かっているのだが...どうも見物に集まってきている村人も,皆が事情を知っているというわけではないようだ.

 儀式の場は,バナナや木で作った小鳥などをぶら下げた縄で正方形に囲まれている.小鳥やバナナは森を象徴するものである.また,傍らではタキアン木のヤニの明かりが点される.つまりこの縄で囲まれた場所に,昔ながらの森生活を形式的に再現しているのである.

鳥の模型とバナナタキアン油の明かり

 縄で囲まれた儀式の場の中心には,ラムドゥアン(*)の葉で装飾した竹作りの台<チュオム>が置かれる.このチュオムは精霊<ピー>の居場所であって,この儀式の中で最も重要なものである.儀式の参加者(親族?)がチュオムを囲んで座る.

(*)ラムドゥアンは,日本人にとっての桜などと同様,クーイ民族の木である.


 ほぼ21時ちょうどくらいから儀式は始まった.ケーン(笙)と太鼓の演奏に合わせ,数人が踊り,周りの人が手拍子する.台の前に祈祷師の女性が一人座って目をつぶって下を向いている.自分の体の仲に先祖の霊を取り込もうとしているのである.男性の場合,霊が乗り移って暴れた際に手におえないので,この儀式を行なうのは女性がよいのだという.回りの人たちが,霊の取り込みを盛りたてようとするように,手拍子をしたり裏声の奇声を発したりしている.しかし,病気治癒の祈祷ということから想像されるような深刻さはなく,皆,音楽の間にも談笑したりしている.

中央の女性が霊を取り込もうとしている.

 10分あまりくらいこうした状態が続いた後,突然音楽がやむ.どうも祈祷師が集中しきれず,神憑りの状態に移れないようだ.失敗しても別に深刻になることなく,「どうもだめだ」みたいなことを言って,周囲の人と笑っている(グーイ語で話しているので,実際は何を言っているのかさっぱり分からない).弟子の祈祷師と交代しかけたが,結局この儀式は途中で取りやめになってしまった.

 祈祷師の儀式が中止された後,中心参加者による踊りの儀式に移る.踊り手たちは顔におしろいを塗りたくって,数珠か何かで出来た鉢巻のようなものを頭に巻く.盥やバナナの葉が台から降ろされ,踊り手の前に置かれる.この盥の中には象や舟をかたどったものが入っている.これらの盥などを台から降ろしていたのは老婆であったが,「これも降ろすのかどうか」とか,周囲に聞いている.あまり行なわれない儀式で,老婆といえど場慣れしていないのであろうか.

 踊りの準備が整うと音楽が始まって,皆,チュオムを囲んで踊り始める.踊りながら時計回りにゆっくりと回っていく.手にバナナの葉や盥をもっている.象や舟を入れた盥を持って踊ることは,象や舟に乗って森の中を行く様を表現している.チュオムの回りを3周して踊りは一休みとなる.

チュオムの周囲を3周踊る.

 踊りが一休みしている間,皆,特に何をするということもなく,酒を振舞ったり振舞われたり,雑談したりしている.

 10分間ほどの休みの後,再び踊りが始まった.朝まで踊りと一休みが繰り返されるのだという.最初の祈祷や踊りでは,一部の人が盛り上げようとしても,今ひとつ盛り上がっていなかったが,朝まで踊りつづけ,合間に酒を入れれば,朝方にはいやが上でも盛り上がることであろう.


 病気の平癒を祈っての儀式であるというから,もう少し深刻なものかと考えていたが,明るく,非常にのんびりとしたものであった.病人の家族がどのような思いでこの儀式を行なうことにしたのか想像がつかない.いまどきゲルモ―アジンを執り行う人は少ないというから,なおさらのことである.


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